すべての人が能力を
発揮できる社会に

原曜子(21新卒)

Yoko Hara

・出身大学 横浜市立大学 国際総合科学部 国際総合科学科 国際都市学系 グローバル協力コース
・好きな言葉「楽しいことをひろって生きる」
・趣味「部屋作り・ラーメン屋開拓・漫画と本を読むこと」
・ニックネーム「はらちゃん・よーこ」

たくさん学んだ5年間

「生まれた場所が違うだけで、生きていく環境が大きく違う」高校生のころテレビで子ども兵士という存在を知ってから、私はずっと発展途上国の貧困・紛争問題に関心を持ち、紛争下で苦しんでいる人達を救うために働くことを夢見て勉強していました。
その夢の方向性が少し変わったのは大学の授業で、「日本の子どもの7人に1人が貧困」という事実を知ってからです。
恥ずかしながら、他国のことばかり考えていた私は日本の現状を何も知りませんでした。
私が解決しなければいけない社会問題は、私が生まれ育った日本にもあるのではないか?こんな風に考えるようになってから、日本の社会問題について勉強したり、生活保護受給家庭の中学生に勉強を教えるアルバイトをしたりしました。
その中で、日本には働きたくても働けておらず、貧困に陥っている人がたくさんいることを知りました。
大学在学5年間で座学だけでなく海外経験やアルバイト、ボランティアを通して、世界と日本のさまざまな社会問題を知れたこと、そして自分の最も関心のあるテーマを見つけ出せたことは私の財産です。

写真:国連ジュネーヴ本部の前に立つ原国連ジュネーヴ本部で紛争に関する調査実習を行った時の1枚

自分と向き合った就職活動

私は発達障害を持つ子どもや生活保護受給家庭の中学生と関わったりした経験があるのですが、そこで付きまとうのが周りの「可哀想だね」という言葉です。
私は彼らを「可哀想」と思ったことは一度もありません。なぜなら、私は彼らとたくさん話をしたことがあって、彼ら一人一人がどんなに賢くて素敵な人か知っているから。
「〇〇だから可哀想」という思考は危険だなと思います。可哀想というレッテルを貼り付けたら、まるでその人に落ち度があるような色眼鏡が掛けられてしまうから。
変わらなくてはいけないのはその人ではなくて融通の利かない社会側なのでは?就活を始めたばかりの3年の夏にそんなことを考え始めました。
そういう社会や、人の固定概念を、変えられるような仕事がしたい。そこからGPに出会うまでの約10か月間、たくさんの企業に出会い、自分の想いはビジネスで通用しないのかもと悩み、自分の本当にしたいことを模索しました。
あんなに自分としっかり向き合った期間は初めてだったので、就活は辛かったけどとてもいい経験だったと振り返ると思います。

写真:机の上に就活ノートが2冊置かれていますひたすら自分と向き合った就活ノート

GPへの入社理由

私がGPに入社を決めた理由は、GPが目指す社会と、自分が目指す社会が同じだと感じたからです。
私は、「今の社会にある偏見や固定概念を変え、今働きたくても働けていない人が働けるような社会の仕組みを作りたい。障害がある、シングルマザーである、引きこもりである…そういった理由で個々の能力が発揮されないのは、本人にとっても社会にとってももったいない!!!」という想いを持って就活をしていました。
しかし、こうした想いは一般企業には通用しないのかも…と諦めかけていた時にGPに出会いました。
GPのHPや記事を読んだり、選考を通してGP社員や代表の進藤とお話をしたりして、「ここの会社の人は「想い」を原動力に働いていらっしゃる。そしてその想いが導くゴールはきっと私が目指すゴールと一緒だ。」そう強く感じた私は、ここで働きたい!と入社を決意しました。

GPで実現したいこと

「今の社会にある偏見や固定概念を変え、今働きたくても働けていない人が働けるような社会の仕組みを作りたい。」これが私がGPで実現したいことです。
今の社会には、目に見えない「基準」があって、それを満たせない人は「可哀想」「働けない」「施しの対象」として見られてしまうことが多いように感じます。
例えば視力が悪い人が眼鏡をかければ問題なく生活ができるように、障害があって何かが不得意な人、事情があって働くには時間的・空間的制約がある人に対して、社会の理解と仕組みがあれば、そういった人たちの個々の能力が発揮できると私は信じています。
人の固定概念を変えることも、画期的な仕組みづくりをすることもとっても難しいことだと思います。けれども、難しいからこそそこには大きな意義とやりがいがあると思うのです。
無知で未熟な私ですが、これからたくさんのことを知り、学び、挑戦し、失敗しながら同じような想いを持った仲間と共に新しい社会を作っていけることにワクワクが止まりません!

他のNEW MEMBERSを見る