多様な人々と共にありたい 

原田詩織(20新卒)

Shiori Harada

・出身大学 東洋大学 社会学部 社会心理学科
・好きな言葉「なんとかなるさ」
・趣味「映画鑑賞、お酒を飲むこと」
・ニックネーム「はらちゃん、だーそん」

人間中毒

1990年代、新宿駅西口にホームレス状態の方々が作った「ダンボール村」という場所が存在しました。当時、新宿ダンボール村に通っていたカメラマンはこう言います。
「人間がいかに面白いかを味わいたいから集まった僕らを、ある人は「人間中毒」と呼びました。」
時代は流れ、ダンボール村はなくなりました。しかし未だにホームレス状態の方は多くいます。私の大学生活は、「人間がいかに面白いかを味わいたい」ために、ホームレス支援の現場に入り浸っていました。複数の団体でボランティアを行い、週の半分は、ホームレス支援。その中でも、特に付き合いが長かったのは、ホームレスの方への就労支援を行う「ビッグイシュー日本」という社会的企業です。そこで、インターンやアルバイトとして3年以上働きました。事務所にやってくるホームレスの方たちとの関わりは、いわゆる「ホームレス」や「社会的弱者」と括られてしまう人々の、個人個人の色々な表情を見せてくれました。一見、異質に思える人々の、いい面悪い面含めた柔らかい心を発見する度に、私は支援現場にのめり込んでいったのだと思います。今後も、「人間中毒患者」である私は、人間まるごとが生き生きしている姿を見るために駆けずり回るのでしょう。

大好きなビッグイシュー販売者さんと仲良しハイタッチ

動いてないと死んじゃう

私は、大学の4年時に留学のための給付型奨学金を獲得しました。目的は、「海外のホームレス支援を見てみたい!」アイルランドに3ヶ月、イギリスに6ヶ月滞在し、ボランティアをする予定でした。しかし、準備不足で計画は頓挫し、アイルランドに3ヶ月いたあと緊急帰国することに。バラ色のはずだった1年間の休学生活が一瞬で枯れ果てたように思われました。しかし、持ち前のちゃっかりさで「アイルランドが無理なら、前から暮らしたかった大阪でホームレス支援に関わろう〜」と考え直し、夏からは大阪に滞在しました。大阪では、ビジネスでの就労支援に関わるため、人材紹介会社で営業インターンとしてテレアポ三昧の日々を送りながら、ホームレス支援が盛んな釜ヶ崎でのボランティア活動もしました。目まぐるしく住む場所や活動内容を変える私を見て、友人は、「原田は動いていないと死んじゃうマグロなんだねえ」としみじみ語っていました。

アイルランド初日は数年に一度の大雪でした

GPへの入社理由

私はあらゆる社会課題の最果てであるホームレス支援の現場で、ホームレス状態に陥っている多くの障害を持つ方を見てきました。貧困問題は、障害者への差別構造が色濃く反映されています。さらに、貧困支援を行う多くの団体が資金繰りに苦労している様子を見てきました。そのため、就活中は、「ビジネスで障害者への就労支援をしている企業」で働こうと強く心に決めていました。そんな私にとって、GPが「日本初の障害者支援の株式会社」であることは大きな意味を持っていました。そして、実際に面接を重ねていくなかで、会社のサービス内容だけでなく、働く人々が問題意識を持ちながら奮闘していることが、他のどの会社よりも伝わってきました。何より1番の決め手は、内定後、私がGPに対する不安を打ち明けたときに、採用担当の方がどっしり受け止め話を聞いてくださったことです。その時に、「よし、GPなら飛び込んでいける」と確信したのでした。

GPで実現したいこと

「自分の強みを活かして、人と共にあること」を実現したいです。まずは「自分の強み」を増やすためにも色んな仕事に挑戦したいです。今まで、人からの期待よりは、自分のやりたいことを選んで生きてきました。ただ、ホームレス支援に関わったのも、「これをやろう!」と決めたからではありません。興味の赴くまま突っ走っていたら、いつの間にか「ここを人生のフィールドにしたい」と思える場所ができていました。とはいえ世の中諸行無常。何が起こるかわかりません。新しい関心事に出会うかも。新しい出会いや発見に「今だ!」と思う時飛びこめるよう、お金を動かすこと、人と仕事をすること、新しくモノを作り出すこと… 色々なことを学びたいです。そうして培った強みを活かして、人の中でもみくちゃにされれば、きっと良いものを生み出せるはず。多様な人々がそれぞれの課題意識のもと、社会へアプローチしているGPでなら、そういった自分の在り方ができると考えています。

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