違っているから、
共に生きられる

清水雄介(19新卒)

Yusuke Shimizu

・出身大学 慶應義塾大学 文学部 人文社会学科 国文学専攻
・好きな言葉「Life goes on.」
・趣味「かんがえごと」
・ニックネーム「しみちゃん、しみすけ」

人に迷惑をかけることに怯えてばかりいた

僕は昔から、「人と少しだけ違ってしまう自分」を意識してしまうこどもでした。ぼーっとしてる、忘れ物も多い、ちょっとだけ他人と自分がズレているように感じがち。ただ、成績は良いほうだったので、学校における"優等生"の皮をかぶって過ごしました。失敗を恐れながら、人との違いを隠しながら、僕はずっと生きていきます。"優等生"は、忘れ物をしないから。サイズの合わない靴に自分の足を無理やり押し込むように、僕は自分を"普通"の型に押し込みました。そのころの僕は、人に迷惑をかけることに怯えてばかりでした。自分のマイノリティ性が、他人を興ざめさせることをとても恐れていたのです。他人と違う自分が悪いのだ——ずっとそう思っていたのでした。

しかし幸か不幸か、違いに対する僕の意識は年が経つにつれ、積み重なっていきました。頑張りすぎて体調を崩してしまったこと、病気、自分のアイデンティティ…と、大学生3年生になるまでにたくさんの悩みを抱えてしまった僕は、しばらく休学することに決めました。休学した後、僕はとあるNPOで働き始めます。そこで僕の人生は変わっていきます。

教室はあまり居心地の良い場所ではなかった
 

一人では無理でも、みんなでなら踏み出せる

そのNPOは、起業家さんやそれを志す人々を繋げる人材支援の団体でした。ある日、100人を超える起業家志望の人々が一堂に会する場の運営を手伝った時のこと。みんなすごく良い顔で話すんです。世の中には、言われたことをこなす受動的な働き方も多い中、その場にいるのは、自分の考えで、自分の意志で動くと決めた人たち。「心からの想いを話す人の顔は、こんなにも明るいのか」と、僕は衝撃を受けました。

僕も、自分の個性を失わずに生きたい。無理やり社会の常識に合わせて生きれば、いつか自分を失ってしまうだろう。そう思った僕は、自分でも人を応援するプログラムを企画することにしました。世の中には僕と同じように悩んでいる人がきっといる。一人では無理でも、みんなで集まれば、きっと踏み出せなかった一歩を踏み出せるかもしれない。そう思って始まった企画は、様々な方の協力のおかげで無事実現し、僕と2倍以上離れた歳の方から中高生まで、100人以上の参加者が集まりました。彼らと共に、僕も自分らしく生きる最初の一歩を踏み出すことができました。今も大事にしたい出会いがたくさん詰まった、僕にとって特別な1年間でした。

プログラムには中高生から自分の父母の世代までいろんな人が参加してくれた

GPへの入社理由

休学を終えて、今までのことを振り返り、自分の弱さも人との違いも就活では全部話して、それでも一緒に働くことを選んでくれる会社を選ぼう、と決めました。そうして実際に僕の気持ちを受け止めてくれたのがGPでした。
人と違うことを理由に——例えば障がいを持つ人がいじめを受けた、LGBTQの誰かが自殺をしたというニュースを見た時、彼や彼女はあるいは僕だったかもしれない、と思います。そういった事件は、僕にとっては遠い他人事の出来事ではありません。ほんの少し幸運だっただけで、僕らには違う人生もあり得たのです。世の中にはまた、普通じゃないことを課題として定義して、解決しようとする考え方もありますが、解決ではなく共存の道はないのでしょうか。"普通"じゃない誰かは果たして可哀想な人なのだろうか、と思います。
GPの採用面接の過程で、僕はそのままで良いのだ、と気づきました。僕は僕を"解決"しなくて良いのだ、と。今の僕は、忘れ物が多いのは相変わらずだけど、忘れられない思い出は増えました。相変わらずたくさん悩むし、でもその代わりに、今はたくさん喜ぶこともできている。これからも僕は僕らしく働きたい、という意思表示の意味を持たせて、GPを選びました。

GPで実現したいこと

足元を気にしてうつむきながら歩かなければならないのは、地面に何があるか分からなくて不安だから。信頼できる地面を見つけて、やっと顔を上げた僕は、そこで初めてどこに向かうか選べるようになりました。
GPに惹かれた点の一つに、すごくカジュアルに社会問題と向き合っている点があります。僕自身もこれからは、柔軟にしなやかに、課題と向き合っていけたらと思っています。そうやってポップに、僕がかつて感じた孤独感や無力感を、この社会でいま感じている人に寄り添いたいです。
少し脱線ですが、曲がるストローが出来たきっかけを聞いたことはありますか? あのストローは、元々は事故で両手が使えず、飲み物が思うように飲めなくなった友人のために日本人が作ったものでした。それが今では全世界で、元気な人も誰でも使うものになっています。誰かへのやさしさが、包括的にすべての人の助けになるような、そういう何かを生み出すことが僕の目標です。ハンディキャップを持つ人間が生きやすい社会は、きっとすべての人にとって生きやすい社会になります。それが、僕らの弱さが持つ可能性であると僕は思います。
僕らはみんな違う人間だけど同じ人間だから、きっと通じ合える。通じ合えるって信じたい。みんな違う顔で、でも同じように笑顔になれる世の中を、僕はここでつくりたいです。

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