障害者雇用・障害者採用・障害者就職・障害者転職を支援するゼネラルパートナーズ進藤均の日記

初めてに挑戦した女の子の話
2010年1月22日

 

今回は、GPが6年前にホームページに掲載していた

インタビュー記事をご紹介しようと思います。

 

 

当時、知人である中村さんが

24時間テレビでトライアスロンに挑戦することになったため、

GPとしてインタビューをさせていただきました。

 

 

先日、中村さんご本人より、

長年続けていたレースを引退されるという連絡がありました。

懐かしく思い、ブログでご紹介しようと思い至りました。

 

 

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 

日本で初めて、51.5kmのトライアスロンに

挑戦をした女性がいます。

名前は中村秩加香さん19才。

 

 

幼い頃から二分脊椎症という障害により、

下半身はひざのあたりまでにしか感覚がなく

両足は自由がきかない状態。

そして視覚障害。右

0.0、左が0.02、視野がわずか5度です。

 

 

この状況で、

水泳 1.5km + 自転車 40km + マラソン10kmの計51.5km

という鉄人レースに、 車いすで出場するを決めました。

普通の人ならまずやろうという気にはならないでしょう。

 

 

決めたその日から、「挑戦」がはじまりました。

 

 

トライアスロンレース当日。

レースは鹿児島県薩摩半島にある指宿(いぶすき)

というところで行われました。

日本テレビの24時間テレビ関係者に囲まれ、

生放送の緊張感が高まる中、 レースはついにスタートしました。

 

 

陸上競技とのきっかけは、5年前の14歳のとき。

友人が参加する車いすマラソン大会に応援に行きました。

 

 

やってみたいという希望はありましたが、

視力が悪いためはじめから無理だと諦めていました。

 

 

『目が見えなくても、手が使えるなら大丈夫!』

マラソン大会に参加していた車いすのおじいさんからの言葉が

始めるきっかけとなりました。

 

 

『私にもできる?!』

そこから今まで味わったことのない、

風を切る何ともいえない爽快感を味わいました。

 

 

最初は短距離からはじまり、徐々に慣れてきました。

徐々に距離を伸ばしたところで、

市民マラソン、東京車いすマラソン、東京シティーロードレース

など数々のマラソン を次々と経験をしました。

 

 

数々の転倒やアクシデントも経験しました。

(勇気のある証拠か、調子に乗ったのかは分かりませんが。笑)

今では『転び慣れています!』と頼もしい限り。

 

 

そんな果敢な転倒が実を結んだのか、

東京都の大会で予選を通過し、

高知で行われた全国障害者スポーツ大会では見事優勝を飾るまでに

成長をしていたのです。

 

 

視覚障害の秩加香さんには

長いマラソンはコースが一定でないため一人では走れません。

 

 

活躍を後押ししたのは、秩加香さんの目の代わりとして

後ろで一緒に走ってくれるパートナーです。

本人とパートナーと一体となって練習に本番にがんばっていました。

 

 

そんなある日、日本テレビの24時間テレビから突然、

出場依頼がありました。5月中旬でした。

 

 

同じ競技に参加している知り合いの方が、

日本テレビに紹介されたようです。

 

 

『いきのいい元気な女の子がいますよ』いわれたとか。

 

 

最初は『秩加香さんの可能な距離でいい』と言われ、

『それなら何とかできるかも。』 と楽観視していました。

そこで、トントン拍子で出場を決断してしまいました。

 

 

そしてレースの詳細を聞いてびっくり。

『えっ、やっぱり51.5km!?』

 ちょっとのんびりとしていた生活が一変しました。

 

 

『レースまで3ヶ月しか時間がない!どうしよう・・・。』

 

 

それもそのはず。

何しろ水泳1.5km+自転車40km+マラソン10kmの計51.5km

トライアスロンレース。

すべてが初めての出来事であって、焦るのも無理はありません。

 

 

水泳は25mを泳いだことがない。

自転車に至っては未経験。

 

 

51.5kmと言われても、どの辺まで行けるの?

未知の世界の話で想像がまるでつかない。

(ちなみに51.5kmは東京~成田空港、東京~湘南海岸)

 

 

女性では日本で初めての試み・・・・。

 

 

焦らない方が不思議な状況です。

普通であれば気負いするし、諦めようとするはず。

しかし彼女は自分で決めたことだから、後には戻りません。

 

 

『とにかく頑張るしかない。一歩でも前に進もう!(まぁ、いいか!)』

 

 

と持ち前の明るさと前向きさ、

強い意志で切り替えました。

これが彼女のいいところであり、見習うところです。

 

 

この先何が起こるか分からない未知の世界。

不安を打ち消すために、

来る日も来る日も一生懸命練習に明け暮れました。

 

 

まだ見たことのないゴールには、何が待っているのでしょう?

 

 

13:00にスタートしたレースは、すでに20:00をすぎ、

ようやくゴールがぼんやりと見えてきました。

 

 

日中は、日差しが強く、34℃の炎天下が続きました。

そして体力の消耗が激しく襲ってきました。

 

 

そんな秩加香さんを励ますパートナーの舞の海さんが

こういう時に頼りになります。

 

 

しかし、スタートからずっと自転車で伴走を続けてくれている

舞の海さんは、本当は秩加香さんよりももっとばてていて・・・

それどころではない。

 

 

放送はされなかったが、道中大きな転倒もありました。

またギアチェンジを誤ってチェーンが外れるなど、

様々なトラブルがありましたが何とか乗り越えました。

 

 

ゴールに近づくにつれ、一日一日の苦しかった練習のこと、

色々な人に励まされたこと、心の支えであるお母さんのこと・・・・

様々な思い出が回想しました。

 

 

25mも泳げなかった自分が、

100m、200m・・・と泳げるようになっていったこと。

 

 

未経験だった自転車も、積み重ねで

少しずつ距離を伸ばしたこと。

 

 

多くの人達からの応援。

 

 

最後に大きな心の支えであった、お母さん。

 

 

目標であり、そして目の代わりとなり、

いつも一緒 に伴走してくれていたお母さんを思い・・。

 

 

様々な思いが交錯しながら、感動のゴール!

 

 

 

このトライアスロンは「自分のため」であり

「お母さんのため」に決意をしたそうです。

 

 

視覚障害が受入れられず、自信を失ってきて・・・

そういう自分に自信をつけ、

20才を目前にして、一回り成長したい。

そして、お母さんみたいに、精神的に強い大人になりたい。

自分の成長した姿を、お母さんに見てもらいたい。

 

 

この気持ちが、初めての挑戦を決意させたのです。

そして、7時間17分にも及ぶレースを支えていたのです。

 

 

 

 

 

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