障害者雇用・障害者採用・障害者就職・障害者転職を支援するゼネラルパートナーズ進藤均の日記

省庁による障害者雇用水増し問題について
2018年8月30日

8月28日報道がありましたとおり「省庁による障害者水増し問題」が起きました。

本事件では各テレビや新聞での取材を受けたものの、

メディアでは語られなかったことを含め、今思っていることを書き残すことにしました。

 

「水増し」ではなく「うそ」

 

今回の事件についてどう思ったか。

これは「水増し」ではなく「うそ」です。

ガイドラインが指針がと言っていますが、障害者手帳を持っているか持っていないか、です。

それだけの簡単な判断を彼らが間違えるはずはありえません。

実際、「健康診断で緑内障や糖尿病だった人」「会社を休職している人」「過去に死亡した人」

が障害者としてカウントされていたのです。

この方々、当然手帳は持っていません。取ることもできません。

この方々、本人は障害者とカウントされていることを知らされていません。

「間違い」「見誤り」でもなんでもなく、誰にもバレないだろうと「うそをついた」のです。

 

「うそ」ではなく、もはや「差別」

 

僕は今回の事件は、単なる虚偽事件ととらえていません。

広い意味でとらえると、「うその処理をした」のでもなく「差別をした」のです。

僕は、これは人権侵害と思います。障害者を排除したと。

誰かが悪かったので正しました、で終われないとても重い行為です。

障害ある人はお荷物なのでしょうか。

間違いなく言えることは「お荷物」ではなく「戦力」です。

「何もできない」ことはないし「何でもできる」のです。

障害があるのだから、どこか一つ二つできないことがありますが、ただそれだけのことです。

なのに、世の中の「できない」イメージが、多くの機会を失くしているのです。今回の事件のように。

 

国民に与えた影響は、計り知れない

 

僕がもっとも心配しているのは、国全体に与えた影響です。

この影響は、とても広く、重く、長いように感じます。

障害当事者とその家族で人口の20%はいます。障害当事者の友達がいる人を含めれば人口40%は越えるでしょう。

物理的に国民全体に何等か身近な人が関わっている。そういう広さがあるのです。

重さでいうと、人権侵害の重み、人を排除することの根深さがあります。

人を人と思わないということを中央省庁がやった重さでしょうか。

国民への心のダメージは重いものと察します。

長さについて。彼ら差別的価値観はすぐに変わるものではありません。

さらに、障害者の負のイメージを国民全体に与えた訳ですから、

払拭するのにも長い時間がかかります。

今回の件で、国民全体に与えた影響は計り知れません。責任があまりに大きい。

 

これから何をすべきか

 

これから何をすべきかを考えなければいけません。

前に進めなければなりません。

まずは、障害者雇用をどのように推進していけばいいのか、です。

各省庁はもとより、すべての組織が考えなければいけないことです。

 

一つ目は、現場の人全員が、障害のある人のことを知ること。これはもっとも重要なことです。

障害とはどんな種類があり、どんな状態なのか。そして、実際に障害者向かい合って話をするのです。

知ればいい。会って話をするだけでいい。

そうすれば、同じ人間なんだと思うでしょう。受け入れる態勢ができるはずです。

 

二つ目は、一人ひとりと向き合い、適材適所を考えること。

障害によっては、できない仕事や働けない環境があります。

たとえ同じ障害名であっても、配慮しなければいけないことが一人ひとり違うのです。

したがって、当事者の適性や能力を把握することが大事であり、

その上で現場の仕事内容や就業環境とをつなげなければいけません。マッチングに力を入れるのです。

人と人が向き合って、話し合って決める。そんなことは、実は日常やっていることだと思います。

障害者だからといって肩肘張らず、普段通りでいいのです。

 

三つ目は、いろんな障害の人と働くことです。

例えば、視覚障害者は何も見えない人と思っている人は多いです。

しかし、視野狭窄といって視野が10%や30%の人がいることは知る機会がありません。

聴覚障害者は何も聞こえない人と思っている人も多いです。

しかし、補聴器をつければ聞こえる人、口の動きで言葉が理解できる人がいます。

たとえ同じ障害でもあっても、できることやできないことが違うのです。

下肢障害、腎臓障害、うつ病、てんかん、統合失調症などなど、

いろんな障害種別の人たちと働くことで見えることが必ずあります。

これは、時間がかかりますが、経験を積み重ねるしかはありません。

民間企業は15年間にわたり経験を積み重ねています。

まだまだ受け入れに課題はありますが、着実に理解が広がってきています。

一方では、省庁は経験値が足りません。一早く各省庁内で推し進めてほしいです。

 

差別は「知らない」で生まれ、「知る」ことで無くなる

 

今回の事件では、障害者への差別偏見が残っていることが露呈しました。

障害者に限ったことではなく、世の中にある差別は「知らない」ことで生まれています。

したがって、「知る」ことで無くすことができるのです。

見聞きすること、会うこと、話すこと、で無くすことができる。

そんなに難しことではないと考えています。

今自分は、無関心でいないだろうか。傍観者ではないだろうか。理解があるだろうか。

国全体でこのようなことを考える機会になればと切に願っています。 

世の中にある差別は、

一人ひとりの少しの関心があれば、少しの当事者意識があれば、少しの理解があれば、

確実に変わると信じています。

  
「ベンチャー=若者」ではない
2018年8月23日

ゼネラルパートナーズは永遠のベンチャー企業でありたい。


ベンチャー企業ってどんな会社?と聞くと、

創業したばかりの会社で、若者が私服で長時間働いている、という印象の人が多い。という声が多い。それは違うと思う。

創業後100年経っている会社で、多くの老人らがスーツで働いていたとしても、新しいものを生み出そうと挑戦している会社は、みなベンチャーだと思う。

ベンチャーとは、挑戦風土のことだ。


先日、マクドナルドの創業者であるレイクロックの自叙伝

「成功はゴミ箱の中に」を読み返しました。

マクドナルドを創業したとき、レイクロックは52歳でした。

そして、レイクロックは若いころからすごかったのではなく、色んな挑戦して失敗していた、ということが書かれてました。 


52歳以降の人も、人生、これから。勇気もらえます。

レイクロックは、「未熟なうちは成長できる。完熟したら腐り始める。」といってます。

素晴らしい学びでした。すべての人がそう働いたらいいのに。


GPでは新規事業立案のコンテストを毎年やってますが、70歳の人がエントリーしています。いくつになっても挑戦することは素晴らしいと感心しています。

 

ベンチャー企業って

世の中的には、立ち上げ間もない、若い人ばかりの会社。

となってますが、

ベンチャーは、古い会社でも、若い人も年取っている人が多くても、

0から1を生み出そうとしたり、難しいことにチャレンジしたり、

そういうスピリットがあれば、それがベンチャーなんだと思います。


僕はサントリーという会社好きなんですが、120年間ぐらい新たな挑戦を続けているからです。魅力的です。 


GPは、ベンチャー企業でありたい。

僕はまだ40代ですが、

6070代でも事業を立ち上げる人がいる会社でありたい。

今16年目ですが、会社が30年50年と経過しても、新しいものを生み出すベンチャー企業でありたい。

会社規模が大きくなったとしても、守りに入らず、攻めてるなあといわれたい。です。


近い未来、ソーシャルビジネスが必要になってきます。


売上至上主義の資本主義が限界となり、SDGsの意識が高まってくるでしょう。

行政サービスが維持できなくなり民間で担う時代になるでしょう。


GPは社会に何ができるか。を問いかけたときに、

「ソーシャルビジネスを創り出せる人材を数多く輩出する。」

という使命に到達しました。ソーシャル事業創造と人材育成。

この機能をもっている会社は他にないでしょう。


そんな訳で、ゼネラルパートナーズはベンチャー企業であり続け、

新しい事業に挑戦していきます!


  
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